新型コロナウイルス感染症の拡大以降、「密」を回避するため、親戚や友人など多くの参列者が集う「一般葬」が減少、親族やごく親しくしていた人のみで小規模に行われる「家族葬」や、通夜がなく告別式のみを行う「1日葬」が増加しています。
葬儀社検索サイトの調査によると、2020年は約過半数である48.9%が「一般葬」を
選択していましたが、2022年には25.9%と大幅な減少。
逆に「家族葬」は、2020年の40.9%から55.7%となり、調査開始以降初めて
過半数を超えたとのこと。
『参列人数』と『受け取った香典の合計額』も、2020年の55人・71.1万円から、
2022年は38人・47.2万円と大幅に減少しました。
※参照元
株式会社鎌倉新書「いい葬儀」
https://www.e-sogi.com/guide/46028/
上記に伴い、「香典返し」の定番であるお茶の需要も大きく減少。
コロナ禍以前より、葬儀の縮小化・簡素化や香典返しの品の多様化で、『香典返しとしてのお茶』は減少傾向にあったものの、比較的安定した価格で、かつまとまった個数の取引ができるため、葬斎場に卸す『香典返し用茶』を売り上げの柱としている生産者は多くいます。
そういった生産者に、この短期間での需要激減は、死活問題となる程の大きな打撃を与えました。
ところで、そもそも、なぜ「香典返し」の定番はお茶なのでしょうか?
◆「消えもの」であり「もらって困るものではない」こと
香典返しでは、不幸な出来事をあとに残さないという考えから、あとに残らない
もの、つまり「消えもの」が好まれます。
また、いただいた香典に対し感謝の気持ちを伝えるのが「香典返し」であるため、
相手がもらって困るものでないことが大前提です。
◆「軽くて小さい」「長期保存が可能」「好みに左右されない」こと
葬儀や通夜の当日にお返しをする「即日返し」が多い「香典返し」の場合、手渡しで
品物を渡し、持ち帰ってもらう必要があるため、持ち運びが苦にならない品である必要
があります。
また、受け取る相手方に負担を掛けないよう常温で長期間保存できることや、年齢層
や男女比が様々で予測もつきにくい参列者に対する「お返し」であるので、「誰がもら
っても困らない」ということも重要です。
上記、2点を踏まえると、持ち運びや管理が容易で賞味期限も長い(緑茶でおよそ半年
~1年程度)、「絶対に飲めない!」という人があまりおらず、いたとしても訪問客に振
舞ったり、気軽に他者にお裾分けすることのできる「お茶」は、実用性の面で
「香典返し」にとても向いているといえます。
日本でのお茶の歴史を振り返ると、紀元前の中国で「薬」として飲まれていたお茶が、平安時代初期に中国に渡った遣唐使の手によって、薬や仏教の経典などとともに、日本に伝えられたといわれています。
一般的には、805年に日本の天台宗の開祖である最澄が茶の種子を持ち帰り、比叡山の
麓と、現在の滋賀県信楽町朝宮に蒔いたのが始まりとされていますが、茶の飲用が文化と
して広く根付くことはなく、じょじょに途絶えました。
1191年(平安時代末期)、日本仏教精神の立て直しのために中国に渡っていた、日本の臨済宗の開祖である栄西禅師が、茶の種子を持ち帰り、脊振山(現在の佐賀県と福岡県の県境)にある霊仙寺に蒔き、その後、茶の薬効や栽培方法を国内に広めていったとされています。
最澄も栄西も仏僧であり、仏教を学ぶために中国に渡った際、中国の僧が薬として栽培・飲用していた「茶」を知り、日本に持ち帰りました。
このように、お茶と仏教は古くから深い関りがあります。よって、仏教徒の多い日本では、「仏事にお茶」という文化が自然に根付いたと考えられます。
昔から自家用の茶をつくっていたような地域では、隣家との境や、隣り合った畑の間、家の敷地と道路との境目に、茶の木が植えられていることがよくあります。茶の木が「垣根」の役割を果たしているのです。
“垣根の役割として植えられた茶の木”、今でこそ減ってしまいましたが、茶の木は常緑樹のため1年中葉が落ちず、根が深く伸び倒れにくく引き抜きにくい、垣根にふさわしい要素を兼ね備えています。
そのようなこともあってか、お茶には「境界を区切る」という意味があるとされており、仏教方式で行われる、葬儀、火葬場での待ち時間、法事・法要の際に、参列者にお茶が振舞われることが多いのは、このためだと考えられています。
「あの世とこの世を区切り、故人とお別れをする」という意味があるのですね。
中国や日本の一部地域では、古くから、納棺の際に茶葉を一緒に納めたり、葬列にお茶を
煎れる役割専門の人(近しい親族が担うことが多い)が随行するなどの習わしがあったそう
です。
現在では、途絶えてしまった習わしが多いようですが、葬儀でお茶が振舞われるのは、
今も昔も変わりません。
ちなみに、葬礼ばかりではなく、お正月やお盆、お彼岸といった年中行事や、婚礼などの慶事の際にも、お茶を『お供えする・飲む・振舞われる』ことがよくありますが、「境界を区切る」他に、「節目と節目を区切る」「境界を越える」という意味合いがあるからだといわれています。
(例えば、婚礼の際に煎れるお茶は、実家から嫁または婿として先方の家に入る「区切り」、
両家や列席した人同士が「境界を越え」親しい間柄になる、というような意味合い)
※参照元
吉村 亨「葬送儀礼の茶俗」
https://core.ac.uk/download/pdf/72760767.pdf
こうやって調べてみると、ただ単に「実用性」の面だけで、お茶が「香典返し」の定番となっているわけではないことがわかります。
「香典返し」でお茶を頂いたら、故人に想いを馳せながら、ゆっくりお茶を煎れ、飲まれてみてはいかがでしょうか。故人を知る人と一緒に、故人のお話しをしながら飲まれるのもよいですね。
また、『この世とあの世が最も近づく日』である「お彼岸」や、『あの世からご先祖様や故人が帰ってくる日』である「お盆」には、お墓や仏壇にお茶をお供えして、故人や先祖に感謝の気持ちを伝えたり、在りし日の思い出を語らいながらお茶を飲むことが、故人にとっては、とてもよい供養になり、供養する側の人にとっては、心穏やかなよい時間になるのではないかと思います。