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日本茶BANKが紹介するお茶の事

2023.07.31 Update

【日本茶BANKショップ連動】@栄西さんの茶(佐賀県吉野ヶ里町)の その後③

#佐賀県 #日本茶BANKショップ #栄西 #脊振山 #釜炒り茶

多良さんと日本茶BANKのコラボ商品完成!

2023年5月11日にUPしたコラム、『@栄西さんの茶(佐賀県吉野ヶ里町)のその後②』の続報です。

30年以上に渡り、栄西さんのお茶を守るべく、茶畑を守り、その歴史を伝える活動をしておられる多良さんのお茶を皆さんにお届けします!

多良さんと日本茶BANKとのコラボ商品「背振山 栄西茶 多良さんのお茶 50g×3」。
詳細と購入方法については、こちらをご覧ください。

「背振山 栄西茶 多良さんのお茶」の食品表示

この商品は、多良さんが大切に育てた茶葉を、栄西さんの頃に主流であった「釜炒り製法」で、お茶に仕上げたもの。

以前のコラムでもご紹介した通り、今や「釜炒り茶」はとても希少。つくる道具も技術も、九州のごく一部地域にしか残っていません。

「栄西茶」自体の生産量も少ないため、市場に出回ることはまずなく、地元でも滅多にお目にかかることのできない貴重なお茶です。

クラウドファンディングのご報告

2023年5月11日にUPしたコラム、『@栄西さんの茶(佐賀県吉野ヶ里町)のその後②』でご案内した、

「栄西さんの茶の継続」ひいては「日本茶の生産や文化の継続」の活動の一環として行った、クラウドファンディング、お陰様で目標金額を達成することができました。

応援してくださった皆様、ありがとうございました!!

クラウドファンディングに出品した、栄西茶の茶葉を練り込んだスティックタイプのお香

新聞にも掲載されました!

また、この取り組みを、佐賀新聞さん、読売新聞さん、毎日新聞さん等、メディアにも取り上げていただき、「栄西さんの茶畑が存続の危機にあること」「存続の危機に立ち向かうためプロジェクトを進めていること」について、全国の皆さんに知っていただくきっかけになったのではないかと思います。

どのメディアも、丁寧に取材し記事を書いてくださっていますので、読んでみてください👇

●佐賀新聞(2023年6月23日)・・・栄西茶“復活”へ香りブランド 多良さん(吉野ヶ里町)新プロジェクトが資金募る 香炉やスティック型お香製品化へ

●讀賣新聞(2023年6月24日)・・・「日本の茶樹栽培発祥の地」 吉野ヶ里 茶園再生へCF 前町長プロジェクト 窯元協力し返礼品

●毎日新聞(2023年7月15日)・・・日本茶、香りでつなぐ 栽培発祥の地、後継者不足で存続の危機 再生へCF、返礼品に香炉 佐賀

「栄西茶」の歴史のおさらい

上記、クラウドファンディングページに「プロジェクトの裏話」として、「栄西茶の歴史」についての記載がありますが、それを抜粋したものを、こちらにご紹介しておきたいと思います。

●800年代前半、中国から仏教と共に「茶」が伝えられ、貴族などごく限られた人々たちの間でお茶が飲まれるようになった。しかし、遣唐使の廃止と共に「茶」の文化は途絶え、一般の人々に広まることはなかった。

●約300年後の1191年、中国での4年間の修業を終えた栄西禅師が、博多の港に帰着。以降数年間、北部九州で臨在禅の布教活動を行い、1195年に日本最初の禅寺である聖福寺(福岡市)を創始。

●その間、中国より持ち帰った「茶」の種を蒔く場所として、中国での修業場所であった「天台山天童寺」周辺の気候条件によく似た「脊振山霊仙寺(せふりさんりょうせんじ)」の西の谷、「石上坊(いわかみぼう)」の庭に茶の種を蒔き、この地を訪れる多くの僧に、栽培方法と飲茶文化を伝えた。これが、現在の日本茶の始まりとされている。

●戦後、霊仙寺境内の多くの茶畑は植林により姿を消してしまった。明治以降、茶を地元の産業として確立するために、宇治から技術者を迎えたり、紅茶生産を行ったりと、様々な策を講じてきたが、他の産地に押され衰退していった。

●1991年、栄西禅師が茶を伝えてから800年を迎えたこの年、「脊振千坊聖茶まつり800年祭」が大開催され、合わせて「栄西茶部会」が発足。「栄西茶」は村の特産品として脚光を浴び、ペットボトルの販売も行われた。

●一時は脚光を浴びた「栄西茶」であったが、以降30年の間に、高齢化と後継者不足により生産者が激減。現在、松隈地区の一部農家で生産されているが、近い将来、無くなることが危惧されている。

霊仙寺に続く山道

日本茶の起源を絶やさず後世に引き継ぐために・・・

今回、クラウドファンディングに挑戦したことで、多くの方に応援いただいたり、「栄西茶」の存在を知らなかった方に知っていただくことができたり、沢山の収穫がありました。

しかし、「”持続可能”な栄西茶事業」の確立と維持のための挑戦はまだまだ始まったばかり。

例えば・・・

高齢化と後継者不足などにより、一度生産を止めてしまった茶畑には、あっという間に雑草が蔓延ります。雑草が栄養分を奪ってしまうため、お茶の樹が痩せます。また、害虫対策もされないため、害虫が集まります。

雑草の種と害虫は、生産を続けている茶畑や、他の食物を耕作する畑にも広がるため、近隣の畑にとっても地域の景観にとっても、悪影響を与えます。

一度荒れてしまった土地を、再び茶畑として蘇らせようとする場合、古いお茶の樹を抜根→栄養のある土壌に戻すための土づくり→お茶の樹を新植・・・という工程が必要となり、蘇った畑から、新たにお茶を収穫できるようになるには、実に5年もの歳月が必要となります。もちろん、その間の収益はゼロ。逆に、肥料や資材の購入、維持管理のための人件費など、投資として出ていく多額の資金が必要です。

山麓にある栄西茶の茶畑

このように、一旦、生産を止めてしまうと、完全なる悪循環に陥ってしまいます・・・

まずは、人手不足の中、現役の畑を維持しながら、放棄地になりそうな畑を管理し、荒れ地になることを防ぐ、並行して収益と人材を確保する・・・決して簡単な課題ではありません。

でも、多良さんはじめ、「起源香プロジェクト」メンバーは皆、前向きで、行動的です。これからも1つ1つ課題を解決しながら、1つ1つ新しいことに挑戦していきます。

そんな「起源香プロジェクト」の活動を、またこちらでもご紹介していきますので、応援よろしくお願いします!!




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