明治4年の廃藩置県による佐倉藩の解体後、旧藩士を帰農させることを目的に有志で設立された
「佐倉同協社」が、政府から払下げられた印旛郡の荒蕪地を開墾し、茶種から茶樹を育てたことが始まり。
最盛期には180haの大産地となったが、大正2年に佐倉同協社が解散したことにより衰退。多くの茶生産者が落花生栽培に移行した。
※参照元
千葉県立中央博物館デジタルミュージアム
https://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/special/hakuranzu/shohen/1216.html
佐倉市の隣、八街市でつくられるお茶。衰退した「佐倉茶」の流れを汲んでおり、現在では千葉県産茶=八街茶となっている。